気になる列車 はやたま号

2017年12月26日

旅の終りは個室寝台車

昔の時刻表を見れば「こんな列車があったのか」と不思議に思うことも少なくありません。そこで、今回は「気になる列車」の第一号として、はやたま号を取り上げたいと思います。

私は自宅に国鉄民営化直後の1987年5月号の時刻表を持っています。その中で阪和線のページを開くと不思議な列車があります。それは、天王寺23発に出発し新宮に5時10分に到着する列車です。さらに、不思議なことに「新快速」のような記述がないにも関わらず、天王寺から和歌山までノンストップなのです。実に不思議な列車です。実はこの列車、阪和線、紀勢線の「名物列車」としての歴史があったのです。

実はこの列車は1984年(昭和59年)まで普通列車でありながら「はやたま号」という愛称が付けられていたのです。しかも寝台車まで連結されていました。国鉄時代には、このような普通寝台列車がいくつか存在していました。有名なのが、山陰本線を走っていた「山陰号」や長崎本線を走っていた「ながさき号」が挙げられます。起源は紀勢線が全通した際に設定された列車、天王寺~名古屋までの列車なのです。そして、1972年まで南海電車の難波駅から発車した列車を和歌山でドッキングさせ、名古屋へ向かったのです。今では考えられない芸当です。名称がついたのは1974年の指定席発券システム拡充の際。当初は「南紀」という名前が与えられましたが、後に「はやたま」にかわりました。ただ、朝釣りをする人に利用されたことから、釣り人からは太公望列車と呼ばれていました。実際に、1987年の時刻表を見ると、同じように天王寺発新宮行きの臨時列車が設定されており、こちらは「いそつり」という名称が与えられています。

1984年に、寝台車がなくなり、「はやたま」という名称も剥奪されました。1986年には天王寺発の片道運行となり、客車から165系電車にかわりました。1990年に天王寺発から新大阪発に変更となり、列車種別は「快速」となりました。このダイヤ改正で、阪和線内は快速と同じ停車駅になったのです。この頃になると、165系を使用した急行電車が激減しました。ですので、165系を使った快速、新宮行きは「鉄道好き」にとっては貴重な列車になったのです。しばらくはこの状態で細々走っていたのですが、2000年のダイヤ改正で、ついに臨時列車も含めて,区間短縮、紀伊田辺までの運行となりました。2002年に165系は引退したのです。その後も衰退は続き、2010年には御坊までに短縮。普通の列車と変わらなくなったのです。

こうして振り返ると、人の一生みたいでおもしろいですね。昔の時刻表を見ながら、列車の歴史を調べるのも、おもしろいものです。