気になる廃線その1(尼崎港線、南海天王寺支線)

2017年12月26日

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私は昭和62年(1987年)生まれです。私が生まれる前に、国鉄は赤字削減のために、多くのローカル線を廃止しました。昔の時刻表や旅行記を読むと、「この線はどのような線路なのだろう」と不思議に思い、想像力を膨らませたものです。その中でいちばん気になっているのが「尼崎港線」と「南海天王寺支線」です。今回は「尼崎港線」と「南海天王寺支線」について書きたいと思います。

尼崎港線は正式には福知山線の一支線でした。塚口から尼崎を通って尼崎港まで走っていました。もともと旅客よりも貨物優先の路線でした。1981年(昭和56年)に旅客扱いを廃止。そして、1984年(昭和59年)に全線が廃止されました。

まず、興味深いのが列車のダイヤです。廃止直前はわずか、1日2本のみの運行で、川西池田発でした。さらに、尼崎から川西池田まで40分もかかっていたのです。おそらく自動車を使えば、20分くらいで着くでしょう。車両はディーゼルカーではなく、旧型客車を数両だけつないでのんびりと運行していました。およそ、大阪駅から2駅目を通る路線とは思えません。

二つ目に興味深いのが、尼崎駅です。実は尼崎港線の尼崎駅は東海道線の尼崎駅とは離れたところに位置していたのです。場所は東海道線の上にあり、土手のような場所に尼崎港線の尼崎駅がありました。もちろん無人駅で小さな屋根しかありませんでした。東海道線の尼崎駅とは数百メートルも離れていました。現在の尼崎駅とは想像もつきません。廃線になり30年が経過し、ほとんど痕跡は残っていません。いずれにせよ、乗ってみたかったですね。

次に「乗りたかった線」が南海天王寺支線です。天王寺駅から天下茶屋までを結んでいました。1984年(昭和59年)に天下茶屋から今池町までが廃止になりました。残りの天王寺から今池町までは1993年(平成5年)に廃線になりました。

この線で注目すべきは天王寺支線の沿線です。何しろ、天王寺や今池など、大阪でも一番ディープな場所ですから。ひしめき合う家を縫うように走る電車。一度、踏切から観察したかったですね。二つ目に天王寺支線の車両です。末期は一両編成の1521系が走っていました。1521系は昭和34年(1959年)から昭和35年(1960年)にかけて製造。機械は国鉄の63系を使用。吊り掛け駆動でした。吊り掛け駆動独特の「ウォーン」という古い音をたてながら、走る姿は「一度、乗ってみたかったなあ」という気持ちを増幅させます。

確かに、今では乗れませんがYOUTUBEで楽しめます。便利な時代になったものです。