種村直樹氏と宮脇俊三氏

2017年12月26日

鈍行最終気まぐれ列車 1970-80懐かしの汽車旅へ 種村直樹傑作選

前の記事で種村氏の名前を出したので、種村直樹氏と宮脇俊三氏について書いてみましょう。先は種村さんについて書いてみます。

種村さんは1936年、滋賀県大津市の生まれ。京都大学法学部を経て、毎日新聞に就職し記者として働きました。1972年に、豊富な鉄道知識に目をつけた鉄道ジャーナル社の社長、竹島紀元さんのすすめで『鉄道ジャーナル』への寄稿を始めました。それ以降、最近まで『鉄道ジャーナル』=種村さんの記事が読める、という図式が続きました。翌年、1973年に独立、「レイルウェイ・ライター」と称し、数多くの鉄道に関する著作を発表ました。

種村さんの特長は車両の特長を旅行者目線で描いていることです。あまり、マニアックなことは書かずに、その車両の楽しみ方を紹介する、というスタンスです。そして、こだわりが強いのも種村文学の特長。それを象徴するのが「旅行貯金」です。旅行貯金とは旅行で訪れた先の郵便局で口座に入金し、その郵便局のスタンプをもらうことです。種村さんの本を読めば、必ず「旅行貯金」の記述が読めるはずです。子供の時は「何でいちいち郵便局によるのかなあ。何が楽しいのかなあ」と思いました。今となれば、その土地のスタンプを集める楽しさが理解できます。一方、その土地の魅力を伝える、人々の話を聞く、観光地を訪れる、そういう部分は比較的、淡白だと思います。文体は軽快、あっさりしており、「歯に衣着せぬ」文体も種村文学の特長です。

種村さんの双璧を成したのが宮脇俊三さんです。宮脇さんは埼玉県川越市生まれ。東京大学を経て中央公論社に就職します。1978年に独立。デビュー作「時刻表2万キロ」はベストセラーになりました。宮脇さんのキャラクターを一言で表すなら「紀行作家」。あまり、車両への言及はなく、人々との出会い、その土地での体験を、ユーモアを交えつつ、丁寧に書かれています。また、国内の作品だけでなく、外国の鉄道についても著作を発表しています。その中で、私が一番大切にしている本が「シベリア鉄道9400キロ」。まだ、ソ連時代であった1985年に出版されました。宮脇さんが未知の国、ソ連での不思議な体験を語る文体が本当におもしろく、勉強になります。また、宮脇さんはロシア語が話せないにも関わらず、ロシア人との交流を楽しんでいることに驚きを感じます。今、宮脇さんがシベリア鉄道に乗れば、どのように感じるのでしょうか。

お二人とも、もうこの世の中にはいません。それでも作品は生き続けています。たまには、両氏の本を片手に、旅行に出かけるのもよいかもしれません。