愛称がついた普通列車「~シャトル」

2017年12月26日

Nゲージ 4661 JR119系 0番台 するがシャトル 基本2両編成セット (動力付き) (塗装済完成品)

国鉄末期のダイヤ改正を見ると、地方都市における近距離輸送に力を入れ始めたことがわかります。そして、いくつかの地方都市で普通列車に「~シャトル」というような愛称がつくようになりました。今回は、愛称がついた普通列車を見ていきたいと思います。

鉄道好きですと、「~シャトル」で思いつくのは「するがシャトル」ではないでしょうか。「するがシャトル」は昭和57年のダイヤ改正で誕生。静岡地区のフリークエンシー輸送の主役になりました。この時、わざわざ専用のヘッドマークや方向幕まで用意されたのです。国鉄の力の入れ具合がわかりますね。その結果、静岡地区における輸送量が大幅に増加したのです。昭和61年のダイヤでは静岡駅を挟む形で興津~島田間が10分間隔に、それ以外の区間でも20分間隔になりました。このダイヤは現在でも踏襲されています。昭和62年の時刻表で静岡駅のダイヤを見ると、きれいに10分間隔になっています。これですと、時刻表がなくても気楽に乗れますね。さすがに、1990年代に入ると「するがシャトル」とは呼ばれなくなりました。それだけ、日常に溶け込んだということでしょう。本来の役割は達成されたわけです。

一方、九州に向けると「マイタウン電車」というヘッドマークを付けて走る電車が見られるようになっていました。昭和59年のダイヤ改正で鹿児島本線の小倉~折尾、福間~博多間が15分間隔に、日豊本線の小倉~新田原間が30分間隔になりました。神戸に住んでいますと15分間隔、30分間隔でも、「本数が少ない」という印象を持ちますが、当時としては画期的なダイヤだったのです。その後、昭和61年のダイヤ改正でも列車の本数を増やし、ステンレス車体の415系1500番台が導入されたのです。その後、等間隔で走るダイヤは篠栗線などの非電化区間にも波及しました。JRになると、「マイタウン電車」から「タウンシャトル」に名称が変更されました。個人的には「マイタウン電車」の方が好きなのですが。この「タウンシャトル」のヘッドマークもいつの間にかに消えて行きました。

このような地方都市における高頻度運転を可能にした一つの要因が「短編成化」です。それ以前は、本数は少ないが編成だけは長い、というのが特長でした。大糸線でも5両編成の旧型国電を走らせていたわけですから。それを、編成を短くした上で列車の本数を増やしたわけです。今から考えると「当たり前」の施策ですが、当時は勇気のいる決断だったでしょう。「思いっきり」の良さに感心します。