成長する片町線

2017年12月26日

Nゲージ車両 72・73形通勤電車 (片町線) 92076

今回はJR片町線を取り上げます。JR片町線は奈良県の木津から京橋までの44.8kmの路線です。列車の大半がJR東西線に乗り入れ、兵庫県の宝塚・尼崎まで足を伸ばします。最近は「片町線」よりも「学研都市線」のほうが知られているかもしれませんね。また、前に紹介したJR奈良線と同様に、国鉄民営化が最も成長を遂げた路線としても知られています。今回は昭和62年のダイヤと比較しながら語りたいと思います。

昭和62年当時、JR東西線は開通しておらず、片町線の終点は京橋から少し中に入った片町駅を起点にしていました。そして、途中の長尾駅から木津駅までは非電化だったのです。昭和62年の時刻表を見ると、非電化区間(長尾~木津)では1時間に1本のダイヤ。今では考えられないですね。当時の写真を見ると、沿線には田園風景が広がりキハ58系2両編成がのんびりと走っていたことが分かります。

片町線が大きくリニューアルしたのは平成3年ではないでしょうか。この時に、最新鋭の207系電車を片町線に投入したのです。私は、鉄道の本で片町線の207系を見たわけですが、衝撃的でした。当時、JRの通勤電車に対する印象は「真四角で地味な車両が多い」ということ。しかし、207系の全面は曲線で、まるで地下鉄の車両みたいでした。そして、車内は、当時としては最先端の駅名案内板が付いていたのです。「一度、乗ってみたいなあ」という気持ちがフツフツと沸いたものです。少々、話は脱線しますが、片町線は「初物」が多い線としても知られています。実は、国鉄の関西地区において、自動改札が一番早く導入されたのが片町線(片町~四條畷)なのです。その後、一気に広まるかと思いきや、「Jスルーカード」が導入された平成9年まで本格的な導入は行われませんでした。

さて、私が片町線に乗ったのはJR東西線開業の後。その時は、207系もJR神戸線でも見られるようになったので、新鮮味は感じませんでした。「一般的な郊外路線」というのが私の印象でした。

社会人になり、就職した会社の工場が片町線沿線にありました。なので、工場に用事がある時はお世話になりました。工場の最寄り駅から私の最寄り駅まで2時間かかるとは言え、乗り換えなしで帰れるのが、本当に助かりました。強いて言えば、ロングシートではなくてクロスシートだと完璧なのですが。

しかし、気になる情報も耳にするようになりました。ダイヤ改正の度に、片町線の本数が減らされているのです。なぜ、減らすのでしょうか。本数を減らせば減らすほど、ライバル路線にお客さんが流れると思うのですが。