遜色急行

2017年12月26日

鉄道ピクトリアル 2005年11月号(通巻:768) 【特集】 遜色急行

「遜色急行」という不思議な言葉について説明します。今は「急行列車」が絶滅していまったので、「遜色急行」という単語も消滅しました。

「遜色急行」とは急行型ではなく、一般型の車両を使った急行のことを指します。国鉄が名づけた正式な名称ではなく、鉄道好きが皮肉でつけた名称です。代表的な例は中央本線を走っていた急行「かいじ」です。この列車は10年の長きに渡って115型の近郊型電車が使われていました。ただ、「遜色急行」と言っても、当時の中央線は旧型車両70系が走っていたので、115系でもハイクラスの車両だったのです。

気動車でも「遜色急行」の例が見られました。例えば、北海道の急行「えりも」は1年間だけ近郊型の気動車40系が使用されました。ただ、この当時、北海道で使われた急行型車両よりもキハ40系の方が新しく、暖房能力もキハ40の方が良かったのです。なので、「遜色急行」と言えるかどうか、微妙だったらしいのです。キハ40系の急行「えりも」が見られたのは国鉄末期の昭和60年から昭和61年のこと。もしかすると、この頃から急行の立ち位置が曖昧になっていたのでしょう。

JRになると、近郊型車両の質が向上したので、「遜色急行」でも「遜色」なのかどうか分からなくなっていきます。例えば、1990年頃にJR西日本で運行された臨時急行列車は近郊型の221系が使われました。221系は3扉ですので、真ん中の扉だけを締切り状態にしていました。ただ、急行型の165系が直角ボックスシートであるのに対し、221系はソフトなクロスシート。本当に「遜色」なのか微妙だと思います。普段、料金不要で乗ることができる221系なのに、急行で使われた途端、急行料金が必要になりますから、全く人気がありませんでした。なので、早々と221系を使った急行列車は廃止になりました。

実は、昼行の最後の急行列車は「遜色急行」だったのです。最後に残った急行は、岡山から津山まで結んだ「つやま号」でした。車両はキハ48系。しかも、何の改造もされず、停車駅もあまり快速と変わりませんでした。さらに、「つやま号」はたったの1往復。なぜ、こんな形で「急行」として存続したのか不思議なくらいです。

冒頭にも書いたとおり、「遜色急行」は消滅しました。いずれにせよ、臨時列車とはいえ、一般型を使った優等列車は有り得ないと思います。何のプラス要素がなくても、追加料金を払わなければならないのですから。昭和、国鉄らしいエピソードの一つでしょう。