お別れの阪急3100系

2017年11月29日

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2016年に入り、阪急電車からひっそりと姿を消した車両があります。その車両とは、昭和30年代に登場し、高度経済成長を支えた3100系です。私にとっても思い出深い車両のひとつです。そこで、今回は阪急3100系の功績を振り返りながら、思い出を語っていくことにしましょう。

阪急3100系は3000系の宝塚線バージョンとして誕生しました。3000系は昭和30年代に、600Vから1500Vへの昇圧に対応するために作られた車両です。神戸線と宝塚線では線路環境や最高速度も異なるため、宝塚線に適した車両が必要だったのです。3100系は昭和40年代にかけて、計40両が製造され、宝塚線を中心に活躍しました。昭和50年に冷房改造が行われ、昭和56年から表示幕の設置が行われました。この時に改造された3152編成は阪急の車両の中で、最初に方向幕を設置した車両です。

昭和63年頃から1000系の後を受け継ぐ形で伊丹線や箕面線に転属されました。この時点で宝塚線には3編成が残っていましたが、平成10年までに全編成が宝塚線から撤退しました。それ以降、細々と支線で活躍していました。平成28年、1000系の増備により、最後まで残っていた編成が廃車されました。これにより、3100系は半世紀にも渡る現役生活に幕を閉じたのです。

3100系は私にとって、とても思い出深い車両のひとつです。私は学生時代、塚口駅で神戸線と伊丹線の車両を見守り続けていました。伊丹線にはいつも3100系がいたのです。大半の3100系は方向幕が設置されず、21世紀になっても方向板が取り付けられていました。方向幕、LED全盛の時代にあって、方向板は逆に新鮮に映ったものです。そして、側面には「塚口⇔伊丹」という電灯式のサインが取り付けられていました。昔の阪急電車を今に伝える貴重な存在でしたね。

そして、扉が重かったのが印象に残っています。バイトを始めた最初の頃は、3100系の扉を手で押さえることができずに苦戦しました。そこで、手の代わりに足を使ったのも今となってはいい思い出です。

9000系や1000系の登場により、次第に方向幕の付いていない3100系から方向幕が付いている3000系への交代が進みました。3100系と3000系は同時代に登場した電車にも関わらず、方向幕が付いているだけで「新車」が来たような感覚になったものです

最後に3100系はお別れのヘッドマークをつけて伊丹線を走りました。常に脇役的存在に徹した3100系でしたが、最後はちょっぴり華やかな姿で送り出されて幸せだったのでは。残る3000系も末永く活躍して欲しいものです。見守り続けたいと思います。